ロット王とモルゴースの間に生まれた長男。アーサー王の騎士のなかでもっとも傑出したひとり。ウェールズの伝承ではグウィアルが父とされることがあるが、グウィアルは母の名であるとされる場合もある。フランスでは、ゴヴァン(Gauvain)、ゴワン(Gauwain)、ゲイアン(Gayain)などさまざまに呼ばれる。ラテン語ではワルガヌス(Walganus)、オランダ語ではヴァレヴァイン(Walewein)、アイルランド語ではバルヴァ(Balbhuaidh)。ウェールズ語ではグワルフマイ(五月の鷹もしくは平原の鷹の意)。
R.S.ルーミスはガウェインとグワルフマイはもともと別の人物であったが、ウェールズの人々が自分たちの英雄であるグワルフマイを大陸起源のガウェインと重ね合わせたのだと述べている。そして、ガウェインの原型は『マビノギオン』 に登場するグウルヴァン・グワルト-アヴウイであると言う。(ちなみにこの名前は、ウェールズ語のグワルト・アヴウィン(雨のような髪)、もしくはグワルト・アドヴウィン(金髪)に由来すると推測している。)R.ブロミッチはこれには反対で、ガウェインとグワルフマイは最初から常に同一人物であったと主張する。
ガウェインの父ロット王は若いころアーサーの姉モルゴースの従僕であったが、後にモルゴースとの間にガウェインをもうけた。ガウェインは洗礼を受けた後、樽にいれて流された。(『ワルガヌスの生い立ち』では母親はモルゴースではなくアンナと呼ばれている。)ガウェインは漁師に救われ、さまざまの経緯をへてローマ に至り、教皇スルピキウスによって騎士に任じられた。アーサー王の宮廷に行き、騎士の重鎮のひとりとなった。
初期の騎士物語では強い正義の味方として描かれているが、後の物語になると(たとえばフランス系のものや、その影響を受けたマロリー において)あまり好感のもてない人物となっている。結婚した女性の名は、ラグネル 、アムルフィン、カーライルのカール の娘、ソルカの王の娘など、物語によってさまざまである。『ヴァレヴァリン』 ではイサベレの夫ないしは愛人であるとされるが、一方イタリア系の騎士物語ではモルガン の娘プルツェラ・ガイア の意中の人ということになっている。ガウェインにはフロレンス 、ロヴェル 、ガングラン という3人の息子がいる。アーサーとランスロットの関係が険悪になると、ガウェインはランスロットを猛烈に憎んだ。ガウェインは、アーサーがモルドレッド と戦うべくブリテン島に上陸したさい、棍棒で打たれて死んだ。
正午まで徐々に力が増してゆくという得意な体質が天から与えられていたので、ガウェインはもともと太陽神のようなものだったのではないかという想像がなされてきた。しかし、驚くべきことに、ガウェインの敵であるエスカノール にも同様の能力が備わっているのである。ガウェインは亡くなって出番がなくなるわけではない。その後もガウェインの亡霊が王のもとに現われるのである。ブルターニュ の伝承では、ガウェインはアーサーの最後の戦いにも生き残って、アーサーがガウェインに禅譲するというストーリーになっている。
ウィリアムズ・オブ・マームズベリーは、ウィリアム2世の時代(1087-1100)に「ロス」なる場所(それがどこかは現在正確にはわからないが)でガウェインの墓が発見されたと述べている。その頭蓋骨はドーヴァー城にあると信じられていた。
「ガウェインと緑の騎士」(「緑の騎士」参照)、「カーライルのカール」(「カーライルのカール」参照)、「ガウェインとトルコ人」(「グローメル」参照)などの物語に出てくる「首の落とし合い」の話については、それと同じような話がアイルランド神話に見ることができる。ムンスター王ク・ロイがクーフリンこそアイルランドを守る英雄だと宣言する。ふたりの男がこの宣言を受け入れなかったので、ク・ロイは巨人に化けて、アルスター王が宮廷をもっているアマン・マハ(現在のネィヴァン・フォート)におもむき、クーフリンら3人の男にむかって、「わたしの首を斬ってみよ、ただしあとで同じことを私も君達にしてよいという条件付だが」と挑む。クーフリンのライヴァルたちはそれぞれ試みるが、首が落ちてもク・ロイはそれをもとに戻してしまう一方で、自分の首をク・ロイに斬らせようとはしない。つぎにクーフリンがク・ロイの首を落とす。ク・ロイはそれを肩の上に戻す。ここまでは同じだがクーフリンは約束どおり自分の首を打たせる覚悟を示した。そこでク・ロイは自分の正体を明かし、クーフリンこそ無敵の覇者であると宣言したのであった。
このような物語の類似は、共通の起源があったことを推測させる。あるいはそればかりか、もともとガウェインとクーフリンが同一人物であったのかもしれないのである。というのも、ガウェインにまつわる物語は北イングランドを起源としている可能性がある。古代のイングランド北西部にはセタンティという部族が住んでいたが、クーフリンのもともとの名前はセタンタというのである。ひょっとして、クーフリンがセタンティ族の英雄で、その名声はイングランドでもアイルランドでも鳴り響いていたという可能性も十分あるのだ。そして、セタンティ族のイングランドにおける子孫たちが中世になって、この英雄の記憶をガウェインという名のもとに残そうと思ったのかもしれないのである。
J.マシューズは、ガウェインの誕生および樽にいれて流されるという話は、兄弟のモルドレッドの場合と酷似しており、このことはガウェインが元来アーサーの息子であった、すなわちガウェインはアーサーがその姉(もともとはモルガン)に生ませた近親相姦の子供であった可能性を示唆しているのではないかと述べている。大人になったガウェインはモルガンに仕える騎士となったが、この話のもとになっているのは、ケルトの神マボン(その母モドロン、もしくはマトローナはモルガンの原型である)にまつわる神話であるというのである。マシューズはさらに、最初「聖杯 」を求める騎士であったガウェインにかわってガラハッドを登場させたのは、ガウェインに異教的連想がつきまとっているからだという説も唱えている。またJ.L.ウェストンは、ガウェインのかわりに登場したのはパーシヴァル の方だと主張している。
騎士の名。「茶色の騎士」と呼ばれる。嬰児のガウェインの洗礼を行った人。